8月15日未明、沖縄県北谷町において第三海兵遠征軍情報群所属の戦闘工兵であるマーシャル・マルティネス上等兵が交際相手と外出を終えて帰宅する途中、宿泊施設から火の手が上がっていることに気付きました。
宿泊施設がすでに激しく炎上する中、マルティネス上等兵は施設内部へ入り就寝中の宿泊者らを起こして避難を促し始めました。
「まだ早朝なので、多くの宿泊者が火災に気付かず眠っているはずだと思いました」と、マルティネス上等兵は当時を振り返ります。
「誰でも自分の家族があの状況にいたら、たたき起こして火災から避難させてほしいと願うでしょう」
宿泊者を起こし終えると、マルティネス上等兵らは安全な距離まで退避し、地元の消防署および米軍の緊急通報窓口へ連絡しました。
宿泊者全員が無事に脱出したと確信し緊急車両の到着を待っていたその時、マルティネス上等兵と周囲の人々は、建物の一角から明滅する光に気付きました。
まだ、内部に人が取り残されていたのです。
マルティネス上等兵は再び燃え盛る建物へ引き返し、周囲の協力を得て消火器を確保すると、炎を抑え込もうと試みました。しかし、消火が困難であると判断すると窓をこじ開け、意識を失って倒れている宿泊者を救出しようとしました。
その時点で建物の入り口は完全に炎に包まれており、窓の周囲にも猛烈な熱気と煙が立ち込め、そこからの進入は危険を増す一方でした。
当時の状況について、マルティネス上等兵は「このままここに留まれば自分も意識を失い、二次災害の犠牲者になってしまうと考えた」と語ります。
危険な進入路に固執せず、マルティネス上等兵は逃げ遅れた宿泊者を救出するための別の進入口を探しました。
それは、戦闘工兵として身に付けた判断と訓練に基づくものでした。戦闘工兵は進路が遮断された際、障害物を破壊して突破するブリーチング作戦を遂行し、代替となる進入路を確保するための訓練を積んでいます。
マルティネス上等兵は現場の状況が刻一刻と悪化する中、その訓練が自身の判断と行動の指針になったと話します。
「ドアから入って救助することはできない。ならば窓。窓もだめならば、次は側壁」
マルティネス上等兵と救助に協力していた人々は、木製のバールを使用して建物の側壁をこじ開け始めました。しかし、海兵隊での訓練や経験からこの方法では時間がかかり過ぎると判断し、直ちに作業の方法を変更しました。
木製のバールが折れた後も、マルティネス上等兵は手での作業を続け、ついに建物の側面をこじ開けることに成功しました。
その時、火災通報を受けた消防隊が現場に到着しました。消防隊員らは直ちに建物内部へ進入し、取り残されていた宿泊者を救出しました。マルティネス上等兵らは、その様子を見守りました。
マルティネス上等兵にとってあの日の行動は、自らが受けてきた訓練の成果であると同時に、「傍観者になるな」という純粋な信念の表れでもありました。
「私たちは何かしら行動を起こさなければならない。ただ立って見ているだけではだめなのです」と、マルティネス上等兵は語ります。
マルティネス上等兵は、あの朝偶然にも自分たちが火災現場に居合わせたことに深く感謝しています。
「もし私たちが宿泊者を起こすためにあの場所にいなかったら、多くの人が眠ったままで、もっと状況が悪くなっていたかもしれません」
「危機的な状況に遭遇した際は、傍観者にならず行動を起こしてほしい」と、マルティネス上等兵は他の海兵隊員たちに呼び掛けます。
日本語は仮訳です。正文は英語です。