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ラーム・エマニュエル駐日米国大使、米国大使館の海兵隊員、第3海兵遠征旅団の海兵隊員、東日本大震災で被災した家族が記念碑の前で記念撮影。2022年3月11日

Photo by Capt. Michael Scaccia

駐日米国大使が3.11を祈念して気仙沼大島を訪れる

15 Mar 2022 | Lt. Col. Caleb Eames U.S. Marine Corps Forces, Japan

駐日米国大使は、2011年3月11日の東日本大震災から11年目を迎え、大島を訪問し、トモダチ作戦で結束した島民と米海兵隊員のもとを訪ねました。

オバマ政権時にホワイトハウスの首席補佐官を務めたラーム・エマニュエル駐日米国大使は、3.11を祈念して初めて首都圏を離れ、気仙沼の沿岸部を相次いで訪問しました。

エマニュエル大使は、地元の政治家や被災した住民と会談し、トモダチ作戦の一環として海兵隊が行った災害への迅速な対応について話をした後、震災後初めて、地震、津波、原子力災害の3重苦から復興する地域社会を実際目の当たりにしました。

海兵隊員は、大島の人々の強さと回復力に感銘を受けたことを伝え、島の人々は、津波で孤立した島を救助した海兵隊員に感謝の意を表しました。

エマニュエル大使は「11年前の震災時に始まった沖縄の海兵隊と大島の島民との強い絆は、日米のパートナーシップの美しい姿です。トモダチ作戦が示すように、私たちは共に強くなり、日米同盟は揺るぎないものです」と話しました。

エマニュエル大使は10日、沖縄の第3海兵遠征旅団や東京の米国大使館防衛部、海兵隊員の家族とともに、「宮城県気仙沼向洋高等学校」跡にある「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」を視察しました。

震災時に津波に流された車がそのまま3階建ての校舎に残され、震災の規模をまざまざと見せつけています。

大使は気仙沼市長との会談後、気仙沼市復興祈念公園で市長と共に献花を行い、集まった報道陣の取材を受けました。

気仙沼市の菅原茂市長は「海兵隊は震災の際にすぐに駆けつけてくれました。私たちは、海兵隊員が地域住民の救助にあたり、援助してくれている姿を目にしました。私たちは、アメリカ人の方たちを身近に感じ、そして、皆さんの力強さを感じました。困難の中にあった私たちを助けていただき、感謝しております。」と述べました。

3月11日、第3海兵遠征旅団の海兵隊員とアメリカ大使館は、第31海兵遠征部隊の隊員が2011年3月27日から4月6日まで大島に上陸した経緯など、救援活動の状況を大使に説明しました。

トモダチ作戦では、海兵隊のヘリコプターが島内の野球場に着陸し物資を届け、一方、米海軍の上陸用舟艇は港に機材や人員を輸送しました。

海兵隊は食糧や水の供給を行い、重機を使って港や道路から瓦礫を撤去しました。

さらに島の住民に温水シャワーを提供し、氷点下の気温の中、福島原子力発電所のメルトダウンによる放射性降下物の中作業を続けました。

さらに、海兵隊員は、崩壊した家々の中へと腹ばいにながら進み、それぞれの家族が大切にしていた家財などを回収しました。

東京の米国大使館の海兵隊員で、震災時に第31海兵遠征部隊の災害救援隊員でもあったポール・バートック中佐は「トモダチ作戦でお役に立てたことを光栄に思います。海兵隊員は沖縄とインドネシアから直ちに被災地に向かい、仙台に対策本部を設置し、大島に到着しました。日本の友人や隣人にとても感謝しています。震災を乗り越え立ち直る彼らの強さは、私たちにとって模範となる存在となりました」と話していました。

その後、大使は、海兵隊の支援を受けた島の住民である菊田さん一家と会う機会を得ました。

菊田さんご夫妻は、津波で破壊された自宅や経営していた鮮魚店から貴重品を回収しようとしていた当時8歳の息子、航君が海兵隊員と出会ったときのことを海兵隊員たちに話しました。

航君が被災した自宅で懸命に作業をする姿から、大島の人々の強さを感じた、と海兵隊員たちは言います。

大島の住民もまた海兵隊員を認めてくれたのでした。

菊田玲子さんは「海兵隊が島に到着するのを見たとき、私たちは救出されたのだと思いました。海兵隊が到着したとき、やっと助かったと思いました。息子を助け、私たちを助けてくれた。彼らは私たちの生涯の友です」と述べていました。

菊田さん一家は、震災で心に深い傷を負った子供たちをケアするためのホームステイプログラムで沖縄の海兵隊を何度か訪れ、大島や米国の軍人ホストファミリーの子供たちに文化体験を提供しました。

海兵隊と大島の絆を記念して島が設置・奉納した記念碑には「あなたたちは忍耐と強さを示し、勇気をくれる存在です。友よ永遠なれ、トモダチ作戦2011に心から感謝を込めて」と記され、エマニュエル大使、菊田家、海兵隊員とその家族、島民はその記念碑を共に眺めました。

海兵隊と大島は、第三海兵遠征軍及び米海兵隊太平洋基地司令官による大島への訪問、海兵隊音楽隊や海兵隊員とその家族との、長年にわたる交流を続けています。

また、大島の家族や子どもたちも沖縄を訪れ、トモダチ作戦で支援を行った海兵隊員やその家族と深い繋がりを築いてきました。

“共に”-より強く結ばれるために ・・。


第3海兵遠征旅団は、トモダチ作戦において、クレイグ・ティンバーレイク准将(当時)が率いる前方指揮部門を派遣し、東北の海岸線に広がる複雑且つ複合災害救援活動の運営を支援しました。


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